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地震被害にあった勝連城趾「三の郭」

K2002122005


2010年(平成22年)2月27日早朝に沖縄県をおそった沖縄本島近海地震のことは、直後のハイチ地震・チリ地震の陰にかくれ、あまり注目もされておりません。しかしながら、沖縄本島で震度5以上の地震があったのはなんと99年ぶりのことでした。
人的被害としては2名の軽傷にとどまったものの、渇水時に備えて家庭に常備されている水タンクの落下をはじめとして、水道管の破裂などの物的被害が発生し、貴重な文化遺産である勝連遺跡では、勝連城跡の「三の郭」の城壁が崩落したとのことです。(公式ブログ

切手をご紹介しますと、2002年(平成14年)12月20日に発行された、第2次世界遺産シリーズ第10集「琉球王国のグスク及び関連遺産群」10種類の切手のうちの1種類に、この勝連城跡の切手が含まれています。ただし、切手の城壁はいったいどこの部分なのか、説明はされておらず単に「城壁」とだけ公表されています。

はたして、この切手の城壁はいったいどこなのか、地震の被害にはあっていないのでしょうか?

勝連遺跡は沖縄県うるま市にある国の史跡であり、かつユネスコが登録した世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を構成しています。グスクとは城のことで、

遺跡は今も発掘が行われていますが、中心となる施設が勝連城跡です。城は、丘陵地に作られ、外側から四の郭、三の郭、二の郭、一の郭とされています。角の丸くなっている切手の城壁は、三の郭の城壁で、四の郭側から見て左側と思われます。崩落した城壁は右側とのこと。切手の箇所は無事だった模様です。

さて、現在沖縄は日本国の一部となっていますが、薩摩藩に支配されるまでは明(中国の当時の王朝)に使節を送る独立した王国でした。沖縄では各地に按司(あじ)という有力者があり、14世紀には中山・北山・南山の3つの王国にまとまっていきます。15世紀に入り中山王の尚氏が統一を果たし琉球王朝をたてた後、勝連城の主であった阿麻和利(あまわり)という按司は、中城城主の護佐丸に反乱の疑いをかけてこれを滅ぼし、その後自らが琉球王の首里城を目指して進軍したものの、結局敗北し、尚氏王朝の力が強まったということです。この阿麻和利の乱は1458年のことと伝えられています。

勝連城跡を含む「琉球王国のグスクと関連遺跡」は、ユネスコによって2000年(平成12年)11月30日に登録されました。

●関連ウェブサイト

勝連城跡(公式サイト)
http://www3.ocn.ne.jp/~ktm/
http://www.katsuren-jo.jp/(2015/1/11修正)

勝連城跡休憩所(公式ブログ)
http://kimutaka.ti-da.net/

UNESCO World Heritage Centre
http://whc.unesco.org/en/list/972

●「切手太郎」ブログで紹介した世界遺産

世界遺産シリーズ第3集 知床「シレトコスミレ」
http://kitte.cocolog-nifty.com/kitte/2007/07/post_9f63.html

世界遺産シリーズ第2集 紀伊山地の霊場と参詣道「秀衡桜」
http://kitte.cocolog-nifty.com/kitte/2007/04/post_f93f.html

世界遺産シリーズ第2集 紀伊山地の霊場と参詣道「金剛三昧院多宝塔」
http://kitte.cocolog-nifty.com/kitte/2007/03/post_e08b.html

ふるさと切手 広島県・平和記念公園
http://kitte.cocolog-nifty.com/kitte/2005/05/428_2b69.html

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