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10円はがきの「土器」はどこのもの?

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このブログでは切手やはがきに描かれたものを調べているのですが、頼りにしている切手カタログにも詳しいことが書かれていないことが多々あります。

1972年(昭和47年)から1976年(昭和51年)の間、はがき料金が10円だった時期に使われていた官製はがきである「土器はがき」についても、切手カタログをみても土器の名前などの情報がありません。

この土器は「水煙渦巻文深鉢」(すいえんうずまきもんふかばち)という名前が付けられたもので、長野県諏訪郡富士見町にある「井戸尻考古館」が現在所蔵しています。

井戸尻遺跡は縄文時代中期(紀元前5千年~4千年とされる)の遺跡です。「水煙渦巻文深鉢」以外にも土器や石器が多数出土されています。

この土器は、1958年(昭和33年)から調査が行われた井戸尻遺跡群の一つ曽利遺跡から発掘され、高さは45センチメートルと結構大型です。1963年(昭和38年)にフランスで行われた「日本古美術展」に出品され、現在は長野県の県宝に指定されています。

この10円はがきは郵便料金が改訂された1972年(昭和47年)2月1日に発行され、富士見町の境郵便局では風景印(図入りの消印の一種)が同日から使用されています。境郵便局長だった小林慶国さんが1971年に「5000年前の中央郵便局」と題して井戸尻遺跡群を郵政局報に紹介、これが10円はがきのデザインへの採用につながったとされています。おそらく風景印がはがきの初日に用意されていたのも局長の案だったのでしょう。

井戸尻考古館の最寄り駅は中央本線の信濃境駅、入館料は大人300円。信濃境駅前には風景印を使用している境郵便局があります。

官製はがきの未使用は、切手商でも在庫していないことが多く、意外と入手しづらいです。

●関連ウェブサイト

縄文土器「料額印面」採用の経緯 富士見・井戸尻考古館
http://www8.shinmai.co.jp/odekake/article.php?id=ODEK20150718004443

井戸尻考古館

http://userweb.alles.or.jp/fujimi/idojiri/doki/doki001.html

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